本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
佐藤亜紀『検察側の論告』(四谷ラウンド)
あちこちに掲載された書評や読書に関するエッセイ数年分を集めたもの。目次を見ているだけで、ラインアップの渋さにくらっとします。私なんかには、歯が立たなさそうなタイトルが並んでます。ところが、これが初っ端から、面白くてたまらない。

私、自分が読んだこともないような本ばかり出てくる書評集がこんなに面白かったのは、生まれて初めてです。たしかに、取り上げられてる本には、すごく有名な古典なんだけどとうてい歯が立たなさそうなのもの、現在ではもう入手不可能なんじゃないかしらという超マイナーなもの(ただし、書評が書かれた時点ではおそらくバリバリの新刊書だったんだろう)も結構あるけど、それでも、少なくとも佐藤亜紀の文章を読んでる瞬間はどれもこれも「うわー、それ読みたいいぃ」と思えてしまう。

世間一般の評価がどうであれ、“自分が”良いと思ったものは断固として誉め、気に食わないものはきっぱりと退ける。本当は当たり前のことなのに、それがこんなに新鮮なのは、そうじゃない言説が、実は世の中にあふれてるってことなんだろうか。この潔さがあるから、読み手のほうも、自分と違う意見が書かれていても反発心が起こらないんだと思うよ。佐藤氏が、自分の立脚点を非常に明確にしているから。

ちょっと感動したのは、本書で垣間見える佐藤亜紀の「こんな本が読みたい」という志向が、佐藤亜紀自身の小説において見事に具現化しているのだ、というのがはっきり分かったこと。こういうのこそ、有言実行っていうんだろう。

いやはや。琴線に触れまくりのフレーズがどっさりです。ちょっと引いてみましょうか?
書き手の役割は条件反射的なエモーションに訴えて感情移入を誘ったりすることではない。声を大にしていうが、子供と犬で(或はそれに類しためそめそもののクリシェで)読者の情動を刺激するごときは、健全なる成人男子諸君の前にヌード写真を示して劣情をそそるのと同じくらい、退屈な行為である。―(中略)―無防備な読者の条件反射に罠を掛けるがごとき卑劣な真似は、できる限り避けたいものである。

わははは、よう言うてくれました。佐藤亜紀といえば、「小説家」というイメージしかなかったもんで、こんなかっこいいエッセイ(評論?)を書く人だったとは、寡聞にして今まで全く存じあげませんでした。不覚。

同じ出版社から出ているほかテーマのエッセイ集もこんな感じなんでしょうか。だとしたら、早速読んでみなくてはなりません。

そうそう、『ジェンダー城の虜』の項で、元ネタ『ゼンダ城の虜』のストーリーを知らない、と私は書きましたが、なんと同じ月の最後に読んだ本書のなかで、その『ゼンダ城』が解説されていたのでありますよ。おかげさまで、どういうお話なのかは、なんとなく分かりました。なかなか面白そうやん。これもそのうち読んでみたいものです。

検察側の論告
検察側の論告
〔2000年〕
さ行(作者名) | permalink | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
で、実際に読んで面白かったんだけど、感想を書かなかったんだな>『ゼンダ城の虜』
| 2009年のならの | 2009/01/12 12:29 AM |









http://archive.mushi.pepper.jp/trackback/921727
前の本 | main | 次の本
+ about this blog
 かつて存在した「本の虫茶房」というサイトの1996年から2000年の読書メモと、現行サイト「虫の居所」の2002年までの読書メモを再掲載しています。
 現在では捉え方が変わった本もありますが、感想文は誤字の修正など以外ではほぼ当時のまま。
 今後の実質的な更新はありませんが、コメント、トラックバックは受け付けています。