本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
佐藤亜紀『1809(イチハチゼロキュウ)』(文藝春秋)
ナポレオン統治下のヨーロッパ。技術屋で軍人のバスキ大尉は、酒場で同僚の殺害容疑をかけられたところを、突如現れたウストリツキ公爵に救われ、それをきっかけに親交を結ぶようになる。そして公爵は、ある「賭け」を持ちかけてきた。とんでもない陰謀につながるゲームを。

うーん。渋い。渋いわあ。

最初は、ちょっととっつきにくかったんですよ。敢えて主人公の個性を抑えてあるような語り口で。で、その一見飽くまでも常識派の範囲内に収まってしまう語り手バスキ大尉が、複雑奇怪な人格を持ったウストリツキ公爵の強烈な個性に巻き込まれてゆく物語……と思っていたんですよ。物語の中心は、あくまでも公爵だ、と。ところがある瞬間、淡々としたリズムで進んで行くバスキの言葉が、心臓に突き刺さるようになった。本当は、実はバスキが、一番油断のならない複雑な男なのかもしれない。巻き込まれていたのは、結局どちらなのか。ゲームに勝利したのは。

けだるさと緊迫感が同居する世界の中で、一見平凡な、でも実は情熱的で、その自覚もなく妙に人を引きつけてしまうそんな男の一人称で話を進めていくことにより、物語は常に、決して核心を曝け出さず、どこか醒めた、斜に構えた視線で語られ、一滴の毒を含んだそこはかとない曖昧さを残している。その、もどかしさ。「かゆいところに手が届かない」かんじ。それがなぜか、とても切ない。

扱われている内容は、安っぽくも深刻に(通俗的に?)盛り上げようと思えば、盛り上げられてしまう種類のものなのに、それらが敢えて終始同じような低いトーンでどこか読者の感情移入を拒むように語られることで、ノーブルかつ印象的なものに変化する。強烈さはないのに、いつまでもいつまでも後を引くのだ。

最初は「歯応えがあってなかなか読み進めない」だったのが、次第に「読み終わるのが惜しくてゆっくりとしか読めない」に変わってしまうような、そんな本。最後のページに辿り付いたときには、かなり寂しかった。

追記(2000年9月):
この作品は、2000年8月に『1809〜ナポレオン暗殺〜』というタイトルで文庫化されました。と、いうわけで上の感想で私が言及した“とんでもない陰謀”というのは、ナポレオンの暗殺のことです、はい。なんかなー、個人的には、ずーっと主人公と一緒に物語をたどっていった末に、初めて「ナポレオンを暗殺する」という言葉が出てきたときの鮮烈さがとってもかっこよかったので、タイトルにはこのフレーズを入れずにいてほしかったと思います。サブタイトル見て心の準備して読んだら、このかっこよさは、ちょっと減ってしまうような気がします。ただ、シンプルに『1809』とするよりも、このサブタイトルが付いてたほうが、ずっと“キャッチー”であるのは、理解できる。本を手に取ってもらうためには、やはりあったほうがいいのかな? 販売戦略として。

1809―ナポレオン暗殺 (文春文庫)
1809―ナポレオン暗殺 (文春文庫)
〔文庫版2000年/親本1997年〕
さ行(作者名) | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









http://archive.mushi.pepper.jp/trackback/921702
前の本 | main | 次の本
+ about this blog
 かつて存在した「本の虫茶房」というサイトの1996年から2000年の読書メモと、現行サイト「虫の居所」の2002年までの読書メモを再掲載しています。
 現在では捉え方が変わった本もありますが、感想文は誤字の修正など以外ではほぼ当時のまま。
 今後の実質的な更新はありませんが、コメント、トラックバックは受け付けています。