本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
愛新覚羅浩『流転の王妃の昭和史』(新潮文庫)
中国清朝の血統を持つ“ラスト・エンペラー”愛新覚溥儀の弟にあたる、溥傑の妃となった日本人女性の自伝。この人のことは映画にもなっているそうだ。知らなかったけど。この本より前に、一度「流浪の王妃」というタイトルで途中までの自伝が出ており、それが同じタイトルで映画化されたらしい。知らなかった。

大日本帝国が大陸に満州国なんてものを作っていた頃。絵を描くこととテニスをすることが大好きな、ごく普通の明るく闊達な旧公爵家のお嬢さんが、ある日突然、軍部から満州皇帝の弟妃に、と一方的な内定を受ける。明らかな政略結婚。会ったこともない外国人に嫁ぐなんて、と本人も家族も戸惑いを隠せないが、軍の命令は断れない。

幸い、見合いの席で初めて顔を合わせた溥傑は学者肌の温厚な紳士で、人間的に惹かれ会った二人は、皇帝の弟夫婦にしてはかなり質素な、しかし平穏な新婚生活を送り始める。しかし戦争が続くなか、段々と情勢は厳しくなり、やがて日本の敗戦。戦犯として逮捕された夫と離れ離れになった著者は、自らも投獄されたり暴動に巻き込まれたりしながらなんとか日本に帰り着き、二人の娘を育てながら夫と再開できる日を待ちつづけることにする。ところが、今度は成長して大学生になった長女が事件に巻き込まれて……。

とにかく、事実は小説より奇なりとはこのことか、という怒涛の展開。そしてまた、これだけの分量のある自伝を、これだけのクオリティで書き通すことができた著者にも感服。だって、これ書いた時点でこの人、70歳越えてんだよ? まあ、多少リライト入ってるかもだけどさ、それにしたって。

結婚前に皇后陛下にご挨拶に行くことになって、それまで縁のなかった「公家言葉」を泣きべそかきながら覚えたり、皇居でトイレに行かなくてすむように前の晩から茶断ちをしたり、といった微笑ましい(?)エピソードが色々あって、なんかすごく新鮮でした。また、当時の日本軍のやり方なんかについても、書き方が率直で好感持てます。

しかもこの人、自分が日本人と中国人の狭間で両方からいくら酷い待遇を受けていても、決して相手を一方的に糾弾することがないんだよね。本当なら、もっと自分の主観で書いちゃってもいいんじゃない? というところで、相手にも相手の立場があったから、と一生懸命公平に見ようとしてる部分が感じられて、すごく強い人なんだなあ、と。

要するに、これが「育ちの良さ」ってもんなんじゃないだろうか。どんなに過酷な状況でも、決して卑屈にならない。混乱の中、二人の幼子を抱えて命からがら逃げ延びても、助かってしまえばもう、誰を恨むでもなく、苦労しつつもどこかおっとり構えて生きていく。それがすごく「ノーブル」に見える。唯一、あからさまに嫌悪感を表明してるのは、長女を亡くす原因となった男性に対してだけど、これはもう、お母さんとしては仕方ないよな。

私、どうも教科書に載ってるような人のことはみんな一律に「むかしの人」としてしか認識できない傾向があるんだけど、これ読んだらやっと、この人のことが、「そうだ、同時代の人なんだ」と頭で思うだけでなく、実感できてきたよ。

あと、巻末に、著者の夫である溥傑氏が短い文章を寄せているんだけど、おそらくはそれを書いた時点ですでに80歳近かったと思われるこの元皇帝の弟君が、自分たちの結婚について、出会いのきっかけこそは日本軍からの外圧によるものだったけれども、自分たちからすれば「一目の恋」であった、なんてことを堂々と書いてるのが、すごい。この年代の爺様で、こんなことを公の場で言いきれる人が、一体日本に、何人いる? かっこいいなあ。

流転の王妃の昭和史 (新朝文庫)
流転の王妃の昭和史
〔1992年/親本1984,主婦と生活社〕
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