本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
臼田昭『ピープス氏の秘められた日記〜17世紀イギリス紳士の生活〜』(岩波新書)
ピープス氏は、17世紀ロンドンに実在した一公務員である。

なぜこの人の名前が後世に語り継がれているのかというと、彼はとーってもマメマメしく「日記」を付けていたんですね。それが今になって、「当時の日常生活」を知るための史料として、歴史家には重宝されているというわけ。

私もこのピープス氏の名前だけは、学生時代に大学の講義で聞いたことがあった。当時の物価とか、人々の生活とか、流行りモノとか、ものすごい損失を出したロンドンの大火事の消火活動の様子とか……。一介の公務員とは言ってもわりと高いところまで出世した人なので、当時の王家の腐敗なんてことまで、彼自身の目で見たことが事細かに描写されており、そりゃあ、使いようによってはかなり有効な史料になるだろう。

ピープス氏の日記は、世に出ている多くの「日記」のように、他人に見せるために書かれたものではない。むしろ、絶対に読まれて困る部分は「暗号」で書いてあったり。と言っても、その暗号化された部分っていうのも、別段ドラマチックなものではない。まあ要するに、暗号部分は主にありふれた「浮気の話」なわけで、だから読まれて困る相手っていうのは要するに「ピープス氏の奥さん」であったりするわけだ。そういう暗号を彼の死後になってから、わざわざ解いてしまったヒマな人には、ただただ「ごくろうさま」と言うしかないなー。ピープス氏も、自分が付けていた日記が、後世に伝えられて世界中で読まれるなどとは、夢にも思っていなかったに違いないぞ。可哀相に。いいのかなー、こんなの読んじゃって。300年前の人だとは言え、プライバシーというものは……うーん。でも、面白いんだよなあ。史料としてもすでに定着しちゃってるんだよなあ。

まあ、そういうかんじの日記だから、内容はかなり正直。といっても、あけすけなわけでもなくて、自分で書きにくいことは、しっかりぼかして自分を正当化して書いてしまうという方向の正直さだったりもするんだけどさ。はは。

本書は、そのピープス氏の日記から、いくつかのテーマを選んで、章別にまとめて著者がコメント(というか、ツッコミだな(笑))をつけたもの。「史料」としてはあまり価値がないため、あまり注目されてこなかったピープス氏自身の私生活や性格などにも言及する。

ピープスさんって、はっきり言って、かなりの小心者で俗物です。でも、憎めない。聖人君子ではないけど、極悪人でもない、とっても普通の人なんだもの。「世の中カネだー」みたいなことを言っておきながら、すごい貧乏なおうちの娘さんと大恋愛で結婚して、相当つつましい生活からスタートしてたり。出世してある程度お金が入るようになると念願の袖にレースのついた上着(当時流行っていたらしい)を購入したはいいが、職場に着ていくのは派手かしら……と悩みまくってみたり。その一方で、奥さんの新しいドレスを買うのにすごい大袈裟な文章を書き連ねてお金がなくなるのを嘆いてみたりもしている(ここで本書の著者が「ピープス氏は、自分のお洒落には金を使うくせに、奥さんに対してはケチ」などとツッコミを入れる)。

仕事で成功したときの、自画自賛ぶりも突き抜けてておかしい。著者いわく、日記でここまで書いておけば、きっと実生活ではエラそぶることなく、周囲の反感を買わないように謙虚にふるまえるだろう……とか。

とにかくこの本、ネタになってる日記もおかしいし、著者のコメントもおかしい。……もしかしてこの著者、純粋な史料としてこの日記を読んでるうちに、「うおおおおっ。このおっさんはおかしすぎるっ! ツッコミを入れたいっ!」ってかんじで、うずうずしてきてこの本を書いたんじゃないのかなあ。

ピープスさんの日記の全文、読んでみたいなあ。たしか昔は、岩波文庫から翻訳が出てたような気がするんだけど、記憶違いかなあ。もう入手不可能かも。うーん。秘密の日記のはずだったのにねえ。ピープスさん、ごめんなさい。

しかし、たとえばウェブで見る日記とかとは、あきらかに「面白さ」の種類が違うんだよなあ、これって。自分と同時代の人がこういう日記を書いていたとしても、多分私、そんなに面白くなかったと思う。「それがどうした?」ってかんじで。

つまり、現在あふれかえっているウェブ日記のデータがずっと後々の世まで残っていたとして、その未来の人々が面白く読むのは、きっと今の私たちが読んでもあんまり面白くないような、「当たり前のことを、当たり前に書いた」日記だったりするのかもしれない。

ピープス氏の秘められた日記―17世紀イギリス紳士の生活 (1982年) (岩波新書)
ピープス氏の秘められた日記―17世紀イギリス紳士の生活
〔1982年〕
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