本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
高見広春『バトル・ロワイアル』(太田出版)
新書ノベルス版で666ページの大作ですが、ほとんど一気読み。読み終わったあとも、しばらく現実に戻って来られませんでした。あまりに鮮烈で。実はかなり、ハマってしまったです。ゴールディングの『蝿の王』とか連想したです。読み終わった直後に、今すぐもう一回読もうかと思ったくらいにはハマってしまったです。

色々と曰くつきの本だとか。なんでも某ホラー小説大賞で候補作には残ったものの、「非常に不愉快」だのなんだのと選考委員からは集中攻撃を受け、作者の人間性を批判するような発言まで飛び出したらしい。

しかし私が実際に読んでみての感想は「なんで、これがそこまで言われちゃうわけ?」ってかんじでした。この本ほど人死にがなくても、この本ほど過激でなくても、もっともっと読後感が「不愉快」な小説、私、いくらでも知ってるもの。そもそも「ホラー小説」の選考で「不愉快だから」というのが落選の理由になるのは、門外漢の私からするとかなり不思議ではあります。「生理的不愉快さ」によって成り立つホラーもアリなんじゃないかなあ。これがそうだとは思わないけど。むしろこの作品は、「ホラー」として世に出なくて正解かも。

たしかに、この設定は過激ではある。“パラレルワールドの日本”としか思えない「東洋の全体主義国家、大東亜共和国」で、国の政策により「国防上必要な戦闘シミュレーション」という名目で行なわれる殺人ゲームを強制された中学3年生の男女42人。ルールは単純。生還を許されるのは、ただ一人。最後の一人になるまで、殺し合え。

しかしこのトンデモナイ状況設定を土台に描かれる物語は、なんていうか非常に「まっとうで、人道的な」神経で作られていると思いましたね、私は。少なくとも、作者の人間性が批判されるような作品では、絶対にない、と。

それに私、以前その批判をしたらしい選考委員の一人である某作家先生の某作品を読んで「ああ、とっても後味の悪い小説だけど、人間の醜悪でいやらしい部分をここまでくっきり書けるのは、やはり才能の一つなんだろうなあ」と感嘆したことがあったのだ。殺人の出てくるような話ではなかったけれど。だから他でもないその先生がこの『バトル・ロワイアル』を読んでそういう発言をしたらしいと知って、ものすごくショックだったのだ。だって、『バトル・ロワイアル』のほうが、その先生の作品のいくつかよりも、はるかに「人間」というものに希望を託して書かれていると思ったんだもん。ちょっとおセンチに過ぎるのでは、とさえ思うほどに。まあ、ジャンル的にも違いすぎるので、本来は両者を比較してもまったく意味ないんだけど。

閑話休題。さて、この『バトル・ロワイアル』、読み終わってからまず改めて感心したのは、42人の生徒たち一人一人がきっちりと書き分けられていて、これだけ登場人物が多いのに読んでて混乱を感じなかったことです。その代償として、かなりパターン化されたキャラ造詣になっていることは認めるけど。また、彼ら42人の「ゲーム」中での複雑な絡み合いにも、ほとんど破綻が見られない。

たしかに、私ごときでも時々、文章こなれてないなあと感じたりもしましたし、マンガ的な表現が多用されているなあとも思いましたが(しかしこれは、私らくらいの世代だと当然かも……この作者、私と年齢あんまり変わらないんだよね)、こういうところや、その他もろもろの青臭い部分、世界構築があいまいな部分などなどが、かえって「かなり痛いところを突いてくる青春小説」としての効果をあげていると思ってしまったのです。

賛否両論の金八先生のパロディ部分も、私には必然的なものであるように思えました。これがすごく、作品の中の「毒」になっているような気がします。これがなかったら、ここまでハマらなかったと思う。

少なくとも私にとっては、この作品の一番「恐ろしい」部分は決してスプラッタな表現や子供による殺し合いの描写ではない。15歳という大人と子供の狭間の時期にある少年少女たちが、国が決めた制度によって毎日一つところに集められて「金八先生」的健全世界を演じさせられている、“現実の”いびつさが段々と見えてくるというのが、怖いんじゃないのかなあ。そのいびつさによって静かに静かに蓄積される、黒々とした感情。それが、きっかけを与えられさえすれば、いつだって爆発できるのだという、怖さ。

けれども、本作品の著者は、その黒々とした感情に決して呑み込まれることのない少年少女をストーリーの中心に配して、徹底的に希望を託す。「人間」への信頼をゆるがさない。……これのどこが、「不愉快」で「人間性を疑う」作品なんだか。

私はこの作品を読んで、特にこの「坂持金発」というキャラの持つ毒に触発されて、自分の世界に対する無力さに歯噛みした小学生時代(金八先生やたのきんトリオが出てきた頃ね)、そして自分の中にいろんな、暴力的にさえなりうるモヤモヤを抱え込んで途方にくれていた15歳前後の感情などなどを、鮮明に思い出しました。この作者も、多分、私と同じように色々なことに違和感を持ちつつ子供の頃はそれをどう表現していいのかわからなかった人なのではないか。

とにかく私にとってはこの『バトル・ロワイアル』はまず第1に「青春小説」なのです。だからこそ、中途の残虐さも、唐突な「おふざけ」も、類型化されたキャラも、稚拙な部分も、最後のめちゃくちゃに甘ったるいセンチメンタリズムも、作者がこの1作に3年もかけてしまったことすらも、すべて必然であるように思えます。

うーん、思い入れ強すぎて冷静に書けない。

バトル・ロワイアル 上  幻冬舎文庫 た 18-1
バトル・ロワイアル 上 幻冬舎文庫 た 18-1

バトル・ロワイアル 下   幻冬舎文庫 た 18-2
バトル・ロワイアル 下 幻冬舎文庫 た 18-2
〔幻冬舎文庫2002年/親本1999年〕
た行(作者名) | permalink | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
その後しばらくして、この作品は漫画化されたり映画化されたりし、映画はかなり話題になって続編も出たりしたわけですが、そっちはまったくチェックせずじまいでした。
| 2009年のならの | 2009/01/11 4:10 PM |









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 かつて存在した「本の虫茶房」というサイトの1996年から2000年の読書メモと、現行サイト「虫の居所」の2002年までの読書メモを再掲載しています。
 現在では捉え方が変わった本もありますが、感想文は誤字の修正など以外ではほぼ当時のまま。
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