本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
ロバート・J・ソウヤー『占星師アフサンの遠見鏡』(ハヤカワ文庫SF)
「キンタグリオ3部作」の第1話。現在は絶版(註:この感想文を書いた時点では絶版でしたが、のちに再販されて2008年現在も入手可能です)。しかも第2話と第3話は未訳。私は某図書館の地下倉庫から発掘してもらって読みました(古い、絶版、耐久性の低い文庫本という三重苦により、一般書棚からは撤去されていました……切ない)。

主人公アフサンは、思春期まっただなかの多感なキンタグリオの少年。キンタグリオとは、高度な知性を持った恐竜型の生物で、肉食獣としての生理に根差した独自の社会システムを築いています。

適性試験で好成績をおさめて宮廷専属占星師の見習いとなったアフサンは、修行をするうちに、実際の星ぼしを詳細に観察することなく書物に記された神話的な解釈を盲信する従来の占星術に、疑問を覚えるようになっていました。そんなある日、遠くのものが鮮明に見えるという「遠見鏡」の発明を知ります。これがあれば!

折しもアフサンは一人前になるため、巨大な「川」の向こうに見える<神の顔>を拝むという、通過儀礼に旅立たねばならない年齢。首尾良く遠見鏡の持ち主キーニア船長の船に乗り込んだ彼は、空に見える月や星、そして<神の顔>を遠見鏡で観察します。それは師匠から禁じられていた冒涜的な行為だったのですが……。そして彼は、キンタグリオの社会を根底から覆すような恐ろしい事実に気付いてしまうのです。

この物語で私が一番面白かったのは、肉食獣としての本能を見事に理性で制御しているキンタグリオの社会構造や宗教体系。個体同士の間に一定の距離を常に保っておかねば<なわばり本能>によって凶暴化してしまう彼らは、相当親しい相手であっても不用意に体に触れることはありません。近づくときには必ず「なわばりに入る許可」を求め、「御身のあるところに影を投じます」と言って敬意を表明します。地震などの天災は、<なわばり本能>を乗り越えて互いに協力しあうことを教えるために神が与えた試練とされています。また、尻尾や手足は上手く切断すればまた生えてくるなどの身体的特性も、読者である私たちとは違った思考経路を描き出す根拠となっています。そういった緻密なディテールで、いちいち「ふーむ」と感心してしまう。あと、鉤爪と歯で獲物をしとめる狩りの場面も、恐竜型生物の視点ならではの迫力です。

それから、先入観にとらわれず世界を見つめることによって、価値観の転換と周囲からの孤立を強いられた主人公アフサン少年のけなげさ、真摯さ、そして利発さ。あるいは彼の、世界に秘められた謎を解き明かすのだという、わくわくするような気持ちのリアルさ。「科学」の面白さの一番基本的な部分が、ここに描かれている。「そこまで瞬間的にあれこれ理解するか? ちょっとかしこすぎでは?」って気もしないではありませんが。でっかい尻尾のついた恐竜型キャラが、こんなに可愛らしく思えるなんて、自分でも驚き。ほんと、いい子なんだよ。すごく感情移入できるのに、でもやっぱり、恐竜の皮をかぶったニンゲンではなく、ちゃんとしっかり肉食恐竜として書かれているんだよ。恐竜ガリレオ少年(と解説文にあった)、とは良く言ったもんだ。

で、シリーズ第1作であるからして、今後どんどんすごい展開になっていきそうだなあ、という予感びしばしの終わり方になってるんですけど。これ、どうにかならないんでしょうか。こんなところで宙ぶらりんに放って置かれても。復刊せんかなあ。で、第2作と第3作も、ぜひぜひ翻訳出版すべきだと思うなあ。

原書:Robert J. Sawyer "Far-Seer" (1992)

占星師アフサンの遠見鏡 (ハヤカワ文庫SF)
〔訳:内田昌之/1994年/原書1992年〕
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