本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
著者名インデックス(ファミリーネーム N〜Z)
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                J. K. Rowling "Harry Potter and the Goblet of Fire" (Bloomsbury)
                人気の「ハリー・ポッター」シリーズ、現時点(2002年3月)での最新巻。イギリス版を読みました(ハリポタはイギリス版とアメリカ版で少し文章が違うらしい)。

                和訳版は2002年の秋に発売予定。全 7 冊のシリーズのちょうど真ん中に当たるこの第 4 巻は、ある意味ストーリーの分岐点。

                とにかく、「段々ダークになっていく」と噂には聞いていたが。こう来ましたか……。すれっからしのオトナよりも、1 巻から読んできた子供の皆さんの反応が知りたいぞ、これは。今まで予定調和だと思ってきた部分を突き崩されてショックを受けるお子さんもいそうだなあ。大丈夫かなあ。

                でも最初から多分、著者の J・K・ローリングはこういう方向に持ってくるつもりで書いてたんだろうなあ。実は 1 巻から伏線張ってあるもんなあ。最初からあまりダークな方向に飛ばすとついて来れない子供がいるかもしれないから、1 巻から周到に周到に誘導したのでは。こうなってみると、1 冊進むごとにハリーが 1 つずつ歳を取っていくというシリーズ設定は、もうこれしかないってかんじ。次の第 5 巻(ハリー 15 歳)からは、さらにトーンが変わっていきそう。

                ただ「ファンタジーとして」面白いかどうか、と聞かれると、ちょっと言葉に詰まる部分も。主人公たちの「成長物語」としては、きっぱり面白いです。周囲の大人たちへの視線が秀逸。ここで切られたら、「早く続き読ませんか!」という気持ちになるわなあ。続きはいつ出るんでしょうか、ローリングさん。

                それと、今回読んでみて改めて思ったのは、子供視点での大人の登場人物の書き方が非常に巧いってこと。周囲の大人たちが最初の頃より複雑なキャラになってきているのは、すなわちハリー自身が成長してそれを見て取れるようになってきているからなのね。あ、1 〜 3 巻を日本語で、4 巻を英語で読んだことによる、単なる印象の違いって可能性もないではないか。でも多分、全部を同一言語で読んでも、同じような印象が得られるはず。第 1 巻の頃との違いは、シリーズが進むごとに著者の筆が滑らかになってきているというだけではなく、かなり計算されたものだと。

                それにしても映像の力ってすごい。3 巻までは、映画版を観る前に読んだのでそれなりに自分のイメージがあったけど、4 巻読んだら、脳内ビジュアルが思いっきり影響されてたよ。ロンなんて、(映画とは違って)お兄ちゃんと肩を並べるくらいにひょろっと背の高い子と書いてあるにもかかわらず、もう映画のルパートくんでしか想像できないし。ハーマイオニーもそう。彼女がおめかしをしたところの描写なんか出てこようものなら「ああ、エマ・ワトソンちゃんがそんな格好をしたらどんなに可愛いことでしょう!」と夢見モードに。いいんだか悪いんだか。

                Harry Potter and the Goblet of Fire (UK) (Paper) (4)
                Harry Potter and the Goblet of Fire (UK) (Paper) (4)
                〔2000年〕

                ハリー・ポッターと炎のゴブレット 携帯版
                ハリー・ポッターと炎のゴブレット 携帯版
                〔松岡佑子・訳/携帯版2006年/単行本2002年10月〕
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                Robert J. Sawyer "Calculating God" (Tor)
                実は、途中で一度挫折して中断してました。本当は去年読んでたんだけど。いや、面白いんだけどさ。面白いんだけど、個人的にきつい記憶を呼び覚まされる部分が多くて。そういう個人的事情がなければ、面白い話だと思います。

                冒頭、科学博物館に宇宙人がやってきて古生物学者に面会を求めるというイキナリなオープニングからして、掴みはばっちりです。“神”の実在に関する論議、古生物学の薀蓄、そして主人公の「博物館」という施設への愛情。プライベートでの苦しみ。それらが渾然一体となって進んでいくストーリーは、たしかによく出来ています。エイリアンと主人公の間に育っていく友情の描写なんか、すごくいいかんじ。

                ただ、なんとなく個人的には、"Factoring Humanity" あたりにも見られるソウヤーの「人」を超えた存在(この場合の「人」とはエイリアンも含めて)、言ってみれば「神」的存在に対するアプローチに、引っ掛かりを感じています。いやもう、理屈じゃなく身体が反応して避けてしまうというか。この作品では特にそのテーマが前面にきていたので、読むのがかなり辛かった。

                でも、興味深い要素はいっぱい。

                Calculating God
                Calculating God
                〔2000年(リンク先はForge版〕
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                J. K. ローリング『ハリー・ポッターと賢者の石』/『ハリー・ポッターと秘密の部屋』/『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(静山社)
                随分前から世界中でベストセラーになってる児童書ファンタジーのシリーズを、今頃。現時点で翻訳出ている 3 冊をまとめての感想ですが悪しからず。一気読みしたもので。

                ええ、読みましたとも。最初は、映画のスチル画像や予告編映像に惹かれて。とにかく映画観る前に予備知識仕入れるつもりで。うん、すみません私が悪かったよ。以前、手に取りもせずに「ワタシ的直球ど真ん中ファンタジーとは少々ズレていそう」なんてことを言ったことがあるのですが、大変アサハカな発言だったよ。

                なんとなれば。すっげー面白かったんだよっ。恥ずかしながらっ。正確に言うと、1 冊目は「ふーん、子供の頃読んだら、きっともっと楽しめたなあ」ってかんじだったのが、2 冊目で突然ツボ直撃だったんですよ。で、3 冊目のあともう一度 1 冊目を読み返して、ふむふむ……と考え込んで。

                ぶっちゃけて言うと、2 冊目が作品として、1 冊目よりさらにパワーアップして面白かったというわけでは、実はないんですよ。ただどうやら私は、「フレームワーク」を強く意識させる物語に、ものすごく弱いらしい。というか、私の「ファンタジー感知センサー」は、物語世界の「フレーム」に対して何故か反応するらしいのだ。初めて自覚したけれど(どうりで……時たま世間的にはミステリとされてる作品に私だけファンタジー・センサーを発動させちゃう理由がやっと分かったよ! でもこれはまた別の話)。

                1 冊ごとに、魔法学校における 1 年間が描かれる。同じ校内で、同じ年中行事がこなされていく中、前の年から少しだけ成長した登場人物たちと、彼らが遭遇する新しい事件。その、同じ場所をぐるぐると回りながら少しずつ上に上がっていく、螺旋階段形式のストーリーの枠組みが一方にあって。

                そしてもう一方にあるのは、主人公ハリー自身は知らない一世代前の確執が、ハリーの時代において再度顕在化するという枠組み。これもまた、各巻で繰り返されながらも元の開始点とは絶対に重なりようがない、螺旋状のループ。最初の螺旋とは別方向に延び、かつ互いに噛み合っている。その 2 本の螺旋に、ハリーと彼に対峙する「例のあの人」とを結ぶ両者の、そのうちもっとはっきりしてきそうな予感がする「表裏一体性」が、直線となって串のように通っている――というような図式が浮かんで。なんか、こういう「構造性」から来るドラマに、マジで異常に弱いようなのです、私は。

                しかもこれ、カバー折り返しによると、1 冊 1 年で全 7 巻と最初から決まっているそうじゃありませんか。ってことは、第 1 巻がハリー 11 歳だから、最終巻ではハリー 18 歳っすか。うっ……ものすごくドラマティックに盛り上がれそうな年頃では! うわーん、うわーん。やはし洋書で新刊出た端から買うべきっすかーっ!?

                でもって、このシリーズのキモはですね、そんな「親の因果が子に報い〜」みたいなドロドロした背景部分と、それを覆い隠すように前面に配置されているキラキラしたトッピング部分との、バランス感覚だと思うのですよ。様々なアイディアあふれる魔法の小道具、わくわくするイベント、そして皮肉っぽかったり面白おかしかったりするエピソード群。各巻冒頭の、いじわるなマグル(非魔法使い)家族にいびられるお決まりパターンのとこ、なんとなくロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』冒頭の貧困生活描写を思い出したり。いや本当に、小学生のときにこのシリーズに出会っていたら、めちゃめちゃ嵌まってたと思うよ私。最近そんなことばっかり言ってるような気がしないでもないが。

                ただ、こういう部分に惹かれてしまうと……全 7 巻揃ったときの「フレーム」が思ったほど美しくなかったり、跡形もなかったりした場合、個人的な落胆が大きそうで怖いなあ。現時点での作者の意図は、予測のしようがないので、私が期待するのとは全然別方向に進むのかもしれないし。とにかく、今のところは、すごく好きなのだけれど。

                ハリー・ポッターと賢者の石(携帯版)
                ハリー・ポッターと賢者の石 (携帯版)
                〔松岡佑子・訳/携帯版2003年/単行本1999年〕(原書 J.K. Rowling "Harry Potter and the Philosopher's Stone" 1997)

                ハリー・ポッターと秘密の部屋 携帯版
                ハリー・ポッターと秘密の部屋 (携帯版)
                〔松岡佑子・訳/携帯版2004年/単行本2000年〕("Harry Potter and the Chamber of Secrets" 1998)

                ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 携帯版
                ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (携帯版)
                〔松岡佑子・訳/携帯版2004年/単行本2001年〕
                ("Harry Potter andt the Prisoner of Azkaban" 1999)
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                J.R.R.トールキン『指輪物語』(評論社)
                全 9 巻の新版文庫で再読。瀬田貞二さんの翻訳に田中明子さんが手を入れた新しいバージョンです。「新版」の翻訳で「指輪」を読むのは、実はこれが初めて。まあ、旧版もそんなしっかりとは読み込んでないので、どこがどう変わったのかなんて、ほとんど分からないんですが。固有名詞でちょこちょこっと気付くくらいかな。

                その後、追補編が入っていなかったので、ここのみ英文で再読しました。『指輪物語』については、あまりにも思い入れが強くて、とてもここに載せられるような短い感想文なんかにはまとまりません。読み返すたびに、没入してしまう。

                ちなみに、賛否両論の(というか、オールド・ファンには基本的に支持されている)瀬田訳における本文の「です・ます体」について。正直言って、私も子供の頃、初めて和訳版を見たときには「えーっ、です・ます調? 意外!」と思ったクチでした。だけど、普通に読んでたら思ったほど気にならないですね。

                そもそも、内容に引き込まれてしまって、脳裏で直接イメージ化しちゃってるので、文体が「です・ます」であること自体、そんな意識してないかも。また、敢えて意識して読んでみても、これはこれで良いなあと思うようになりました。なんというか「伝承文学」っぽくて。前回読んだときの記憶からは抹消されてたんだけど、これ序文とか第 1 部から第 2 部に移るときの説明文とかは、「である」体だったんですね。それで本編のほうは「物語られているもの」として「です・ます」で対比されてるんだ。なるほど。そう思って読むと、なんかこう「ぞくぞくっ」と来るかっこよさがある。なにより、やはり瀬田さんの訳って、「きれい」ですね。おそらく、初めから日本語で入っちゃったら、私にとってもこれが決定版になっただろう。現に C. S. ルイスの「ナルニア」シリーズは、大人になってから英語で読んでみても、脳裏に子供の頃読んでた瀬田訳が浮かんできたもの。

                結局は「どっちを先に読んだか」の問題に過ぎないのかなあ。「指輪」の場合は、英語で読んでたときは「です・ます」の印象なかったから。それと、日本語読んでても、どうしても頭の中で英語がダブってしまう箇所があって。特に詩歌の部分は、先に英語版でリズムが入っちゃってるので。自分でも驚いたけど。刷り込みって恐ろしいわ。あまりにも脳裏に英語のリズムがフラッシュバックするようなら途中から英語版に切り替えようかなあと一時は迷ったくらい。でもとにかく一度は、最後まで日本語で読んでみることにします。和訳版も、今読むと「わ、かっこえー」と思う部分が多いっす。

                多分なあ、英語版の "The Lord of the Rings" の場合は、作品そのもの以外に、私の中で「付属物」的な思い入れが多いんですよ。こんなに長い物語をまったく大人のサポートを受けずに読んだのは初めてだったのですごい達成感があったとか。最初は図書館で借りて読んで、どうしても自分用にも欲しくて、親にねだってねだって一揃い買ってもらったとか(自分のお小遣いで買える額ではありませんでした)。真夜中になっても途中で止められなくて、親に取り上げられて、それでも我慢できなくてこっそり本と懐中電灯を部屋に持ち込んでベッドの中で布団かぶって読んでるの見つかってまた叱られたとか。通っていた教会の司祭さんが「おっ、こんなの読んでるのか」と嬉しそうな顔をしてくれたとか。小学校で、担任の先生がおすすめ本を置くクラスの本棚に "The Hobbit" が入っていたことに、ずっと後になって気付いたとか。そういうの全部ひっくるめて、私の中で「とくべつ」なんですよ。

                日本に帰ってからは、「トールキン読んでます」という人に出会うまでに、長い長い年月(子供の感覚ではね)を待たねばならなかったし。日本で熱く語れる友達が身近にいたら、和訳版ももっと読み込んだかなあ。

                原書:J. R. R. Tolkien "The Lord of the Rings" 1966(初版 1954-1955)

                文庫 新版 指輪物語 全10巻セット
                文庫 新版 指輪物語 全10巻セット
                〔瀬田貞二,田中明子・訳/文庫新版1992年/親本:瀬田貞二・訳,1972〜1975年〕
                ※2003年に追補編の文庫版も出て全10巻になりました。
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                J.R.R.トールキン『ホビットの冒険(上)(下)』(岩波少年文庫)
                映画を観る前に一度は『指輪物語』を再読すると決めたので、まず前日譚に当たるこれから。

                やっぱり細かいところ色々忘れてました。戦争のとことか。けっこう政治的な駆け引きなんか出てきちゃって、記憶にあったよりも辛口だった。冒険が始まる前のあたりが何度読んでも好きだなあ。お茶目なガンダルフ爺も素敵だし、「皿を壊せー♪」とか歌いながら完璧ぴかぴかに後片付けしてくれるドワーフ軍団も素敵。闇の森のエルフは、やっぱり得体が知れん(笑)。

                原書:J. R. R. Tolkien "The Hobbit or There and Back Again" 第2版 1951年(初版1937)

                ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)
                ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

                ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)
                ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)
                〔瀬田貞二・訳/新装版2000年/岩波少年文庫1979年/単行本1965年〕
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                Rex Stout "Death Times Three"
                蘭とビールと美食を愛するおデブ探偵ネロ・ウルフが殺人事件を推理する話が、3つ入った中編集(いや短編集? どうも「短」と「中」の境目が分かってないよ私)。

                巻頭解説によると、色々とワケありな作品ばかりらしい(すべて別バージョンが別タイトルで存在)。日本で翻訳が出てるのは、そのうちの1つ"Bitter End"(今は亡き『EQ』に載ってた「苦いパテ」)のみ。

                語り手であるウルフの助手アーチー・グッドウィンの“軽妙トーク”(死語か?)は、連続して読んでいると結構鼻につくのだが、たまになら楽しい。

                Death Times Three (Crime Line)
                Death Times Three (Crime Line)
                〔1985年〕
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                Robert J. Sawyer "Foreigner (The Quintaglio Ascension Trilogy #3)" (New English Library)
                『占星師アフサンの遠見鏡』"Fossil Hunter"に続くキンタグリオ三部作の最終巻。

                天文学、進化論ときて、今回恐竜たちの世界で脚光を浴びる新たな学問、それは精神医学。恐竜版のフロイト役は、ニンゲン界とは違って雌の恐竜モクレブ。このへんに、ソウヤーの「リベラルであろうとする意志」を嗅ぎ取ってしまうのは、考えすぎ? "Illegal Alien"での人種差別問題の扱い方で感じたのと同じ、「意外に社会派」な資質がすでにここで出てきているな、というような。考えてみれば、キンタグリオの社会というのは、ものすごい男女同権社会なのですね(そのこと自体が、シリーズ全体のある種伏線になっていたのは、驚きだったけど。)

                それから、もひとつ「う〜ん、ソウヤー」と思ってしまったのが、ソウヤー作品の多くで重要なサブテーマとなっている「中年カップルの危機克服」という要素が、恐竜を主役とした本書でさえも、ちらりと顔を出していること。むむむ。このシリーズだけは、このテーマとは無縁だろうと思っていたのになあ。いや、悪いと言ってるわけじゃ……。でも、ちょっと笑ってしまいました。

                さて、モクレブが心療カウンセリングや夢分析を通じてキンタグリオ族の深層心理の謎に迫ろうとしているのと同じ頃、前作で活躍した地質学者トロカは、相変わらず世界中をめぐる調査の旅を続けているうちに、大陸から遠く離れた島で自分たちとはまったく違う文明を持った恐竜の一族に遭遇します。単身、彼らの地に上陸して、ファースト・コンタクトをはかるトロカ。しかし、なわばり本能をまったく持たない異種族と、個体同士の接触が不可能なキンタグリオ族が理解しあうことは、あまりにも困難でした。トロカの必死の努力にもかかわらず、両種族の間には大きな悲劇が起こってしまいます。

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                ……ふーむ、困った。これ以上のことは、何を書こうとしても、前の巻のネタバレになってしまうような気がするなあ。本書の冒頭ですでに前提条件となっている事柄にさえ、触れることができないぞ。シリーズ物の紹介は、難しい。

                とにかく舌を巻いたのは、第1作の頃から、この最終巻への伏線がばりばり張られていたこと。そして、シリーズ全体のテーマと、本作で同時進行するいくつかの要素が、一本化していく。すべてのディテールが、どんどん収束していくさまに驚嘆しました。モクレブがついに「なわばり本能」の真実に到達するあたりからは、月並みな表現ですが息もつかせぬ展開になっていきます。人間ドラマならぬ恐竜ドラマ的な書き込みも秀逸で、サービス精神たっぷりです。くすっと笑える小ネタあり、しみじみとした泣かせあり、そしてSFならではの、長い長いタイムスパンを視野に入れた展望あり。はっきり言って、我ながら「なんで恐竜しか出て来ないような話でこんなに」と戸惑ってしまうくらい、思いっきり感情が盛り上がってしまいました。

                本当に、全巻の翻訳が出てほしいシリーズです。この感動を、日本中に伝えてほしい。

                Foreigner (Quintaglio Ascension)
                Foreigner (Quintaglio Ascension)
                〔1994年(リンク先はTor版〕
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                Robert J. Sawyer "Fossil Hunter (The Quintaglio Ascension Trilogy #2)" (New English Library)
                知性を持つ恐竜たちの世界を描いたあの『占星師アフサンの遠見鏡』の続編。今回ストーリーの要となるのは、前作でのアフサンと近い年頃の、すなわち通過儀礼の巡礼と狩猟を終えて間もない、地質学者トロカ。アフサンの息子であります。

                調査チームを率いて世界中をめぐるうちにトロカは、かつてのアフサンと同じく、いくつかの驚くべき発見をします。そして、それまでの社会通念をくつがえす結論に至る……なるほどこれは、そういうシリーズだったのですね。ちなみにソウヤー自身のウェブサイトでは、本作は「恐竜ダーウィン」の物語として紹介されています。トロカという恐竜のキャラクターがある意味、前作のアフサンよりもさらに読者である私たちニンゲンに近い設定になっている(これにはストーリー上の必然性があります)ので、感情移入がしやすいぶん異質な視点の新鮮味は薄れた感はあるものの、その思考の軌跡は、やはりスリリングです。

                しかし今回のさらなる特徴は、その旅路と並行して、いくつかの別の要素が語られること。そのひとつは、トロカの留守中に都で起こった、一連の事件です。こちらの話では、お馴染みアフサンと皇帝ダイボが活躍します。突如浮上した皇位継承権争、いや前代未聞の凶悪犯罪に、ふたり(2頭?)が臨む!

                で。実をいうと、「アフサンとダイボ〜漢(おとこ)の友情物語〜」ってかんじのこっちの話のほうが、トロカの話よりも気になっちゃって。ダイボ大丈夫かーっ!? ダイボがんばれーっ! って。そう、なんか昔は精神的に弱いところもあるおぼっちゃま恐竜くんだったダイボが、本作ではすっごくいい男に成長してるんですわ(恐竜だけどな)。ダイボの成長物語と言ってもいいかも。元来の素直でおおらかな品格(恐竜だけどなっ)に加えて、優しさと謙虚さ、そして最終的に会得したいざというときの理性と勇気(恐竜だけどなっっ)……おまけに美声の持ち主なんて、もう本当にめちゃくちゃ私好み(恐竜だけどなっっっ)。嗚呼、わたくしが恐竜に生まれていれば! しかも最後のほうでは、もんのすごい壮絶なクライマックスが!! 恐竜だけどっ!!!

                ……はっ。少々興奮してしまったようです。失礼いたしました。よく考えたら、キンタグリオ族というのは基本的に「なわばり本能」に縛られており個体同士の距離を縮めることができないので、たとえ私があの世界で恐竜に生まれていても、ダイボとらぶらぶな生活を送るのは不可能なのですね。しくしく。

                恐竜たちの社会の根幹をなすこの「なわばり本能」、本作では前作よりもさらに重い意味を持っています。トロカたちの旅路にも、アフサンやダイボが直面する問題にも、影を落としている。そしてバラバラに提示されていた各エピソードの意味が明らかになったとき、私たちはこの物語のすべての要素が、彼らキンタグリオという知性体の出自と、生物としての本質、そして進化の物語を構成していたことを悟るのです。

                愛すべき肉食恐竜たちを主役に据えた、時にユーモラスで一見荒唐無稽な設定を皮一枚隔てた向こう側から、「SF」が透けてみえてくる。それがすごく新鮮。

                Fossil Hunter: Book Two Of The Quintaglio Ascension (Quintaglio Trilogy)
                Fossil Hunter: Book Two Of The Quintaglio Ascension (Quintaglio Trilogy)
                〔1993年(リンク先はTor版)〕
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                Robert J. Sawyer "Flashforward" (Tor)
                いやはや。もう私、ソウヤーに関してはかなり点数甘いかもしれないということは自覚してるんですが、手に入るものを片っ端から読んでいって、今んところ1つとして「これは完璧ハズレだった」というものがない。ちょこちょこと文句付けたいところはあるにしても。どれもこれも(今回のこれなど特に)非常に「分かりやすい」面白さ。本当は、私なんかがあれこれ言葉を費やすより、あらすじをちょこっと言うだけで充分キャッチーなのではないだろうか。

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                西暦2009年4月21日。CERNに所属する科学者コンビ、ロイドとテオによる画期的な実験へのカウントダウンが完了した瞬間。地球上のすべての人類の意識が、「現在」を離れた。ほぼすべての人類が、21年先の未来を垣間見たのだ。2分後、「現在」で意識を取り戻した人々は、空白の2分間における社会の機能停止のせいで、飛行機が墜落するなど世界中が混乱に陥っていることを知る。ロイドの婚約者が前夫との間に生んだ娘である8歳の少女も、ドライバーが運転不可能な状態になって暴走した自動車の犠牲となり死亡していた。

                生き残った人々の証言を突き合わせた結果、皆が見た未来の世界は完全な整合性を持っていることが分かる。時間とは、未来とは、運命とは、最初から固定されたものなのか? それとも、人々が見たのは、あり得るべき様々な可能性の1つにすぎないのか? そして多くの死者を生み出したこの現象は、果たして本当にロイドたちの実験が引き起こしたものなのか?

                科学者として「未来は変えることができない」という立場を取るロイドは、未来像の中の自分が現在の婚約者とは別の女性と結婚生活を送っていたことで苦悩する。今の相手との破局に自分は耐えられるのだろうか、あらかじめ破綻することが確定している結婚生活に踏み切ってよいのだろうか、と。

                一方テオは、問題の瞬間に未来像を見ることができなかった。彼は、未来像の中の世界が到来する前に、死する運命だったのだ。他の人々の証言から、自分が「数日前の殺人事件の被害者」として未来のメディアで言及されていた/されると知った彼は、「未来は変えることができる」という信念のもと、21年後に自分を殺害する人間を探し始める。

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                提示されるのがスケール感のある設定(ここでは時間跳躍)であればあるほど、この著者は主人公たちに、非常に感情移入しやすい、卑近でさえあるような問題(ここではロイドと婚約者の関係とか)をぶつけてくる。また、時代設定がせいぜい「今よりちょっとだけ未来」に留まっていることで、登場人物たちと読者側の思考の道筋が大きく乖離することもなく、こちらの“常識”の範囲内で無理なくさくさくと読めてしまう。そういえば『ターミナル・エクスペリメント』『フレームシフト』も、"Factoring Humanity"も、みんな「ちょこっとだけ」の未来だよな。"Illegal Alien"は現代物だし。だからかな? なんかこう、SFなのに、妙に「等身大」というか、身近なかんじで。

                で、そこにさらに「21年後の犯人探し」という、ミステリ者にとっても美味しいネタをぶち込めば、これでもうすっかりソウヤー節全開。なるほどこれなら、SFは苦手でもソウヤーは面白く読める、という人もいそうだなあ。なんて、ヒトゴトみたいに言ってますか私。

                同じプロジェクトを共にリードする科学者でありながら、「未来」に対するアプローチが正反対のロイドとテオの対比が、ありがちだけど巧い。ロイドはどんな人生を歩むのか? テオは生き延びることができるのか? ぐいぐい興味引かれて、読み進むことができます。電車の中で読んでたんですが、ちょうど大詰めのところで降りる駅に到着してしまい、「ここで中断できるかっ」と遅刻覚悟でホームのベンチに坐って読み終えちゃいました(って、おい)。

                Flashforward
                Flashforward
                〔1999年〕

                邦訳:ロバート・J・ソウヤー『フラッシュフォワード』(内田昌之・訳/ハヤカワ文庫SF/2001年1月刊)

                フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)
                フラッシュフォワード
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                 かつて存在した「本の虫茶房」というサイトの1996年から2000年の読書メモと、現行サイト「虫の居所」の2002年までの読書メモを再掲載しています。
                 現在では捉え方が変わった本もありますが、感想文は誤字の修正など以外ではほぼ当時のまま。
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