本の虫

虫干し読書録

こ ん な 本 を 読 ん で い た 。
著者名インデックス(さ行)
【さ】


【し】


【す】


【せ】


【そ】
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    佐倉智美『性同一性障害はオモシロイ〜性別って変えられるんだョ』(現代書館)
    以前、思うところあってジェンダー関係の論述ページを漁っていたらこの本の著者のウェブサイトに偶然たどりついて、いわゆる「関西ノリ」の文章がけっこう面白かったので。ウェブに出していたものの加筆修正版も入っているのだけれど……申し訳ないと思いつつ、ウェブで読んだほうが勢いがあって面白かったかなあ、とか。横書き向きの文章というか。あと、性同一障害そのものに対する全般的な知識を得たいなら、別の本を当たるべきかも。

    タイトルからも分かるとおり、自分の抱える一般社会からの逸脱部分を、敢えてポジティブに捉えようとする姿勢で書かれているゆえに(それ自体にはとても好感を持ったのだが)、ここでは、ただただひたすらに「佐倉智美」さん個人の事情が綴られているに過ぎないのだということを忘れないように留意しながら読まないとヤバいかんじ。もっともこの問題は、あまりにも個人差があるため、どうしたって当事者が語るかぎりは「個人の事情」に特化されざるを得ない気もするのだけれど。

    ところで、たとえば「オンナノコ」(肉体的にそうであろうとなかろうと)がフリルひらひらのお洋服などを(自分が着たいかどうかは別として)「かわいい」と認識するメカニズムは、一体どこで刷り込まれるのだろうなあ、ということを、読みながらずっと考えていた。そういえば不思議だよなあ。

    性同一性障害はオモシロイ―性別って変えられるんだョ
    性同一性障害はオモシロイ―性別って変えられるんだョ
    〔1999年〕
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    清水義範『清水義範の作文教室』(ハヤカワ文庫JA)
    著名な小説家であるところの清水義範さんが、弟さんの経営する塾に通う小学生の皆さんを相手に「作文教室」を開講。本書では、とりわけ個性あるメンバーが揃っていたある 1 年の作品と添削内容が紹介されている。

    これ、ものすごく面白かった。才気走るあまり暴走レベルまで行っちゃう子、淡々と観察眼を働かせる子、シニカルな目で大人を見つめる子、とにかくゴーイング・マイ・ウェイな子……。うわぁ、うわぁ、子供の作文って実は面白かったのね。

    特徴的なのが、伝えたいことを伝えるノウハウの伝授が重視され、作文内容の道徳的な良し悪しを判定しない「何を書いてもいいんだよ」という指導が行われている点。これ言われてみれば「書き方」を教える授業としては大変マトモな方針だと思うんだが、たしかに学校で書かされる作文って、「良い子の意見」でまとめないといけないような強迫観念があったよなあ。

    また「東京先生」こと清水義範さんの、どんな作文が手元に届いても決して否定的なコメントを付けず、まずはホメどころを探した上で「こんなふうにすれば、もっと意図どおりの効果が得られると思うよ?」というかんじで赤を入れているのが、なんだかすごく「ほっ」とする。いいなあ、こういう先生。

    それでですね。私、正直言って、自分の感情の動き方がまだ自分でもよく分かっていないのだが、どういうわけだかこの本読んでる間に、何度も目の奥がつーんとして泣きそうになっちゃったんだよ。すっごく楽しいのに。何がそんなに、琴線に触れたのだろうか。

    育ちざかりの子供たちが、最初は「何を書けばよいのやら」という状態からそろそろと作文を書き始め、1 年のうちにどんどん個性に沿った文章を書くようになっていくさま? その個性が「東京先生」という良きオブザーバのもとで、決して撓められることなく健やかに発現していくさま? たとえば「感情がないのでは」とまで案じられていた女の子が最後に書いた「春」についての作文。大人たちから要求された感情表現ではなく、むしろ観察眼の豊かさで先生を驚かせる文章は、たしかにあまりにも感動的だ。

    それとも泣きそうになったのは、作文を書くという行為そのものが、自分の子供時代の経験とオーバーラップしたせいなのだろうか? うーん、それだけじゃないような。まだ何かあるような。とにかく、泣きそうになったんだよ。

    清水義範の作文教室 (ハヤカワ文庫JA)
    清水義範の作文教室
    〔1999年/親本1995年〕
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    妹尾ゆふ子『チェンジリング〜赤の誓約〜』(ハルキ文庫)
    現代日本とケルト神話の世界が絡み合う、シビアなファンタジー。

    この著者がネット上で配信している書評メールニュースで一時期、読了本としてケルト関係の資料が怒涛のように挙げられてたので、ほほー次の作品はケルトなのねー、と楽しみにしていたのだけれど、なるほど、こういうふうに使ったのか。

    なんというか、記述の「律儀さ」が非常にこの著者らしい。たとえば、なぜ現代日本を舞台に、よりにもよってケルト神話の世界なのか、というような部分にもきちんと必然性を用意してしまうといった、隙の無さ。この世でない場所へと招かれてしまう主人公の、「この世」で過ごしてきた今までの人生の重みがきちんと書かれている、誠実さ。読んでて安心感がある。しかしその分、本当に神経をすり減らす話になっていて。しかも、思いっきり「つづく」だ……。

    チェンジリング―赤の誓約(ゲァス) (ハルキ文庫)
    チェンジリング―赤の誓約(ゲァス)
    〔2001年〕

    チェンジリング―碧の聖所(ネウェド) (ハルキ文庫―ヌーヴェルSFシリーズ)
    チェンジリング―碧の聖所(ネウェド)
    〔2001年〕
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    鈴木りえこ『超少子化〜危機に立つ日本社会〜』(集英社新書)
    女の人が子供を産めない/産みたくない状況になってるのは何故かという分析とか、ではこれからどうしたらいいのかという提案とか。いちいち、うなずける部分が多いのだけれど、あまりに多いのでかえって不安になってきた(アマノジャク?)。非常にすんなりと受け止められる、爽快な論理ばかりが並んでいるのだ。で、私も含めた今どきの女の人にとって都合のいい論旨ばかりが一方的に展開されているのではないかなあ、頭の悪い私が鵜呑みにしちゃっていいのかなあ、と疑いを持ってしまったのだ(頭だけじゃなく性格も悪いって?)。ヒマなときにもうちょっと考えてみよう。

    ちょっと本筋とはズレるけど、この本のなかで紹介されている「あるイギリスの女性」の事例が、うちとめちゃくちゃ似ていて、苦笑。特に、妻の仕事のほうが就労時間が長く不規則なので日本人の夫のほうが多く家事を負担しているが、実は収入も夫のほうが多い、というあたり。もちろん、毎日のご飯も夫のほうが作っている。夫は、「彼女がよい仕事を続けてキャリアを積み上げていることを誇りにして、彼女の成功を心から期待している」という。うーん、うちの夫の感覚も、これに近いのかなあ。私個人としては「仕事をする珍しいペットとして世話をされている」ような気がして仕方がないのだが。にゃおーん。

    ちなみに、そんなふうに目一杯、夫にサポートされている彼女(デビさん30歳……年齢まで同じだ)の論理としては、

    現代女性は不安を抱えているから、パートナーには悩みを聞いてもらい、励まされ、つねに自己確認する必要がある、とデビは考えている。(中略)世界的に見ても、夫婦の関係はフィフティ・フィフティではない。その分、男性がより多く女性を支えなければならない、と彼女は主張する。女性の経済力が男性ほど強くない分だけ、女性が男性に頼ろうとするのは当然で、男性は女性を精神的にサポートしなければならない、という考えだ。

    と、いうことらしい。うーーーーん。そういうふうに開き直ったら、たしかに生きてくのはラクだよなあ。私も、開きなおっちゃって、いいのかなあ。ただ私はやっぱりどうしても「そこまで開き直ってしまってはいかんのではないか?」と思ってしまうのだ。思うだけで、結局この本を電車の中で読了した日(というかその翌日?)の会社からの帰宅時間も、午前0時半だったりはしたので全然伴っていないのだけれど。

    超少子化―危機に立つ日本社会 (集英社新書)
    超少子化―危機に立つ日本社会
    〔2000年〕
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    佐藤亜紀・福田和也・松原隆一郎『皆殺しブック・レヴュー』(四谷ラウンド)
    鼎談集。ベストセラーからおカタい学術書までを俎上にのせて。

    大変、面白うございました。いやはや、笑った笑った。正確には、電車の中で読んでたので(持ち歩くの重かったぞ)、必死で笑いをこらえてたんだけど。そもそも、「笑い転げる」という反応が正しいのかどうかもよく分からんのですが。でもでも、おっかしいんだもん。

    やんちゃ坊主とおてんば娘が言いたい放題って雰囲気で、とにかく爽快。すっきりさわやか。何が良いって、とにかく話が噛み合わないときの、噛み合わないままにぽーんと投げちゃってるかんじ。絶対に「擦りあわせ」ということをしない。楽しそうやなー。

    現実には、「悪口を言うのは簡単だけど、あとのフォローが大変」(佐藤亜紀)という言葉通り、皆さんそれぞれ、けっこう繊細に色々考えての発言だったりするのかもしれないけど、対外的なポーズは常に豪快でよろしいよろしい。

    読んでると、どんどん元気が湧いてきます。

    ただちょっと気になったのが、注釈の入れ方。文中の「バナールな」という表現にわざわざカッコ書きで「(陳腐な)」というような言い換えが入ってたり、「つげ義春」や「ヴィトゲンシュタイン」に関しては章末にある程度まとまった解説が入っていたりする一方で、「網野史観」や「アナール派」(どっひゃー、久々に見る単語だ)にはまったく何の注も入ってない。個人的にはバランス悪く感じるのですが。網野史観って、そんなに常識? ひとことも注釈要らないほどの? つげ義春よりも? 掲載誌の読者層に合わせているとか、そういう事情?

    皆殺しブック・レヴュー―かくも雅かな書評鼎談
    皆殺しブック・レヴュー―かくも雅かな書評鼎談
    〔1997年〕
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    妹尾ゆふ子『天使の燭台 神の闇〜夢の岸辺〜』(講談社X文庫ホワイトハート)
    “夢を共有してしまう”という不思議な体験を通じてつきあい始めた高校生コンビ小泉と徹を主役とした「夢の岸辺」三部作の2作目。今回の夢は、七夕伝説に題材を取ったもの……と、いうことになるのかな?

    第1巻第3巻→第2巻というイレギュラーな順番で読んでしまったため、リアルタイムで読んでいれば最後まで分からなかったはずのシリーズ全体の構成が読めてしまった感があって、ちょっとズルしちゃったような申し訳ない気分に。

    3冊のなかで真ん中のこれだけが、小泉の視点から書かれた話であったことには、意表を突かれた。とは言え、とどのつまりこのシリーズは全部、客観的にはけっこう優秀なんだけど意地っ張りで自己評価の低い小泉が、その自己評価の低さゆえに陥ってしまう自己否定な夢の世界から、徹のサポートを得つつ脱出する話、だったのだなあ、と。

    この著者のメインの仕事はやはり異世界ファンタジーなのだろうと思うし、私がファンになったのもそういう作品からだけど、この高校生のふたり、なんだかとても感情移入がしやすくて、懐かしい。

    天使の燭台 神の闇―夢の岸辺 (講談社X文庫―White heart)
    〔1994年〕
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    佐藤亜紀『陽気な黙示録』(岩波書店)
    ほとんどが岩波書店から出ている雑誌『世界』に掲載されたもの。テーマは小説、映画、漫画、音楽、宗教、学問など、多岐に渡る。

    『世界』はなあ、母親が死ぬまでは我が家でも定期購読してたんだけど、初出情報を確認するに、佐藤氏の連載が始まったのはずっと後の時期だったようだ。あの母親が読んでいたらきっと気に入ったと思うがなあ。

    とにかく、すっぱり言いきる姿勢がいい。高校時代、英文ライティングの授業で「あなたの書くことがあなたの意見であることは読み手には自明なのだから、いちいち I think ... だの In my opinion, ... だのと前置きするな。ちゃんと断定しろ」と怒られたことがありますが、あの先生もこういうのなら気に入るだろうか(笑)。

    で、私が佐藤亜紀のエッセイや評論に対して思っていることそのものずばりの一文をこの本のなかに見つけたので、下に引用。

    私自身は必ずしも彼の弁明に納得する訳ではない。が、その姿勢は十二分に尊敬に値する。(本書所収「ある歴史家のフランス革命」より)


    陽気な黙示録
    陽気な黙示録
    〔1996年〕
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    佐藤亜紀『ブーイングの作法』(四谷ラウンド)
    こちらは、オペラや映画をテーマにしたものを集めたエッセイ集。

    第1部「絶叫の心得」は、オペラの見方など。ほとんど知らない世界なので、「あっ。そーか、そういうふうに楽しめばいいのか!」と目から鱗な話がたくさん。数少ない「観たことある」作品の話なんか、「ああ、あれを観る前にこれを読んでいたなら」と歯ぎしりもの。

    収録されてるエッセイのなかでは、特に対話形式で綴った「これを真に受けたら確実に道を誤まる! 正しいオペラの遊び方」が楽しかった。

    第2部「エンパイヤ劇場のプリマドンナ」は、映画の話。最後のほうは、俳優や監督に焦点を当てた映画論。こっちはまだ、少なくともオペラよりは「知ってる」(観たことある、あらすじ紹介だけは読んだことある、名前と主役くらいは記憶にある……すべてひっくるめての「知ってる」ですが)作品が多いので、オペラほど素直に呑み込むかんじにはならず、「私はそうは思わない」と何度も思ったけど、やはりどんな論理を展開するにも立脚点がしっかりしているので、それはそれで納得行くし面白い。

    ブーイングの作法
    ブーイングの作法
    〔1999年〕
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    佐藤亜紀『でも私は幽霊が怖い』(四谷ラウンド)
    著者がこれまであちこちの雑誌や新聞に掲載したエッセイを、旅先・留学先でのエピソードが中心の「ブラチラスラバ・エクスプレス」、食についての「豪華無類の晩餐マイナス 1」、時事ネタその他の「平成カラオケ倶楽部」、と3つのパートに分類して収録。

    なんていうか「我が道を行く潔さ」が満載なのは、先月読んだ書評集と同じ。

    特に第1部が面白かった。頭のいい人は、凡人には見えないものがたくさん見えて、ええのう。あ、著作リストに載っている『ガイジン術』というのは、タイトルからして、もしかしたらこの手の海外ネタで固めてあるんだろうか。ゲットしておかねば。

    でも私は幽霊が怖い
    でも私は幽霊が怖い
    〔1999年〕
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     かつて存在した「本の虫茶房」というサイトの1996年から2000年の読書メモと、現行サイト「虫の居所」の2002年までの読書メモを再掲載しています。
     現在では捉え方が変わった本もありますが、感想文は誤字の修正など以外ではほぼ当時のまま。
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